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日、祝祭日は休診です。
毎週 水曜午後は前院長の齊藤栄宏が診察しておりましたが、高齢のため引退いたしました。現在は診察は全て現院長の齊藤寛が行っております。予約制ではありませんがご希望の方は是非いらしてください。

2011年10月29日土曜日

47歳からの柔道 (4回目)

昨日、長女の柔道教室はいつも使用している武道館が文化祭で使用できないため丸岡柔道教室に出稽古という形で行われました。
ということで夜6:45開始。仕事が終わってすぐに向かいましたが案の定道に迷う始末。着いたのは7時をとうに回ったころ。
道場に入ると一階が柔道場で、二階はどうやら剣道場のようでした。狭い柔道場に試合場が二面。天井が低いせいか妙に埃っぽい気がしました。
環境は坂井柔道教室のほうが勝っていると思いましたが柔道の実力では丸岡は一枚上手のようです。元気の良さが違います。積極的にどんどん技をかけてゆきます。指導者の数というか大人の人数も多いようです。金曜夜ということもあるのかしれませんが。
最後の自由乱取りは中学生も交じって実に伸び伸び技を繰り出していました。
見ていてうらやましくなりました。自分もあんなに伸び伸び柔道を楽しめたら・・・・・。
自分はいまだに見学です。アバラの痛みはだいぶ癒えてきましたがいまひとつで、医者の立場から言えば3週間は安静を保ちたいところなので今は辛抱して養生しております。
でもなんだか毎日の生活に張りがなくつまらないですね。
来週いっぱい休んだらまた県立武道館も含めて再開するつもりです。それまで、はやる心を抑えて見学に徹します。
これほど自分から柔道がやりたくなったのは初めてです。昔もこんな感じでやっていたらもっと強くなっていたでしょうね。
人間って時間が経てば変わるものですね。
長女の柔道はまだ初めて二か月足らずなので多くを注文できませんが、まだ手と足がバラバラで形になっていません。できれば教えてあげたいのですがどうも親子の間柄で教え教わるるというのは難しいようです。まともに教えることも、教わることもできそうにありません。歯がゆいですが仕方ありませんね。
せめて自分が自ら進んで柔道をやる姿を見せることしかできないみたいです。親子間での教育とは自分の後ろ姿を見せることなんでしょうかね。
 自分が怪我をして恐怖心が植え込まれないように気を付けたいです。自分は今のところ全然怖さはありませんが、こういう時が一番危ないのかもしれません。怪我を気にしていては格闘技はできませんけどね。
次回の柔道教室は日曜日に朝8時集合で県立武道館で強化練習です。自分がアバラを負傷した県立武道館です。付き合いますよ。子供は休みなしで大変ですけどね。

それでは。


2011年10月20日木曜日

47歳からの柔道 (3回目)

今日は坂井町柔道教室の日でした。
昨夜、武道学園の後から右のアバラが痛かったのですが、どうやら痛めたようです。
今日の仕事中、立ち上がる時など響くように痛かったのですが、柔道教室で幼稚園の子供が寝技で体に乗っかるだけでどうにも激痛でした。
これでは投げられてやることも満足にできません。くしゃみなどしても痛みが走ります。
思い起こしてみると昨夜の武道学園での寝技乱取りで重量級の大人に乗っかられたときにボリッという音がしたのでした。
「あ~あ」です。
21歳ごろにも同様に同じ場所を痛めたことがあります。
あの時は確かボクシングのスパーリングでレバーを叩かれて痛めたと記憶しています。
一か月ぐらい完治に要した気がします。
他の人の柔道ブログにも書いてありましたが、2週間ぐらい柔道は休んだほうが良さそうです。
これからという時にがっかりですが、この程度で済んでむしろ幸運だったのかもしれません。
まずはしっかり治して仕切り直しです。
柔道を始めてから最初は右足中指の捻挫、次は左薬指第一関節捻挫、その次は右肩関節周囲炎、そして右肋骨という順に怪我が増えていきます。
昔と比べて驚くほど体は硬くなり、骨や靭帯は脆くなっている印象です。
いろいろなことを考えなくてはいけませんね。
とりあえず来週いっぱいまでは柔道は休むことにします。
ああ情けなや。

それでは。

2011年10月19日水曜日

47歳からの柔道 (2回目)

47歳からの柔道 (2回目)

県立武道館武道学園柔道一般の部、2回目行ってきました。
いやあ、死にました。やはりそんなに甘くないです。
夜7時過ぎに道場に入るとまだ少年の部が続いていました。小柄な高校生の姿がちらほら見えました。黒帯を締めています。一般成人で来ているのはどうやら自分だけのようです。その後、初日にも来ていた大阪税関の参段の人も来て二人になりました。7時半に白帯の成人の人が一人来て3人となったところで練習開始。並んで座り、師範と正面、お互いに礼をして始まりました。
準備運動、受け身、打ち込み10本、と期待通りの進行です。
次に寝技、このとき約8時前。このころになると先ほど小学生に混じってやっていた高校生、ほかの黒帯一般成人が2、3人加わってそこそこの人数になりました。
道場は試合場4面もありすごい広さなので伸び伸び出来るといったところですが、寝技では他の黒帯の大人の人には全く歯が立たず。高校生には何とか通用するみたいです。しかしその次の立ち技乱取りは全く駄目。組み手で負けて全く技が出せないまま引き倒される。息も上がってしまい、自分からへたり込む始末で何とも見かけ倒しで恥ずかしい思いです。もっともその時はそんなこと考える余裕はありませんでしたが。
指導員の紅白だんだら帯(6段以上8段以下)の方に声をかけられました。「見た目は4,5段ぐらいに見えるがどのくらいやっているのですか。」と。
まだ初段で15年ほどブランクがあることを即座に伝えると、「やっぱり、そんな感じだ。何か怪我をしそうで危なかしい。ほどほどにしときなさい。」と言われてしまいました。
幸い怪我はしませんでしたが、一度も技を出すこともできずに終わったことがかなり悔しいです。
まあ、よく考えたら今日は黒帯としかやってないんですけどね。
明後日、3回目がありますが行ってきます。今度こそ技かけてきます。
その前に、明日は坂井少年柔道教室がありますね。今日に比べたらやはり天国に思えます。
土曜の坂井少年柔道成年の部で中学生黒帯とやるのも今日の事を考えると苦になりません。
どんな終わり方をするのかわかりませんが、大怪我をしないように神様に祈るのみです。


それでは。

2011年10月17日月曜日

47歳からの柔道 (1回目)



近況を報告します。

8月、9月は季節がらか外来患者数は一日平均で30人ちょっと。10月になり寒くなってきたせいか一日40人平均を超えるようになってきました。今後インフルエンザの時期になるので準備を整えておく必要があります。


また、私事ですが8歳、小学2年の長女が9月中旬から坂井町のスポーツ少年団柔道教室に通い始めました。武道を通して礼節を重んじる態度を身に着けてほしいと思ったから通わせることにしたのですが、内容はかなりハードでとても習い事の範疇ではないです。練習は週3回、火、木は午後630から800土曜は午後600から800でみっちり練習。そして一か月のうち3回ぐらいは日曜日に対抗試合、遠征があります。練習も試合も当然父兄は同伴するのが当たり前ですから大変です。

女の子なのに武道の中でも特に肉体的負担の大きい柔道(時間当たりの消費カロリーでの比較、ちなみに1番は相撲で、柔道は2番目です) を選んだ理由は、僕自身が小学校、大学で柔道をやっていたから、つまり父親と一緒にできるスポーツをということで妻が提案してこうなりました。 近所の男の子たちがパパと野球や、バスケの練習に行くのを見て自分の家でもやりたくなったというとこでしょう。しかし、付き合わされるパパは大変です。特に柔道は基本格闘技で怪我が付き物です。47歳で柔道を始めることは年寄りの冷や水以外の何者でもありません。(よぼよぼの老人に桶いっぱいの氷水を頭からぶっかけると心臓麻痺を起すのが目に見えるということでしょうか) しかも、昔やっていたとはいえ、医者になってからは当然一回もやってないので単純に考えても14年近く、実際は15年ぐらいやってないことになります。(初段を取ってから22年経ちます。現在も初段のままです。)さらに、初段を取ったその年に頸椎亜脱臼という大怪我をして4か月入院し、その後の選手生活を怪我に怯えながら恐る恐る試合に出るという情けない形になってしまった経緯があります。普通ならこの年で柔道を再開することは子供の付き合いとは言えバカというより他ないでしょう。

最初はまず土曜の夜に下見ということで、道場である坂井武道館へ見学に行きました。いくつか他も見て決めるつもりでしたが同伴していた保護者のお母さんの勧めでその日のうちに入団を決め、柔道着を借りて帰宅しました。そして現在に至るわけですが、練習も途中で風邪をひいて学校を休んだ時以外真面目に週3回通っていますし、優しい女性指導者も付いてくれているので、何とか長女も自発的に柔道をやっています。

父親の自分はどのようにこの柔道クラブにかかわっているかと言えば、まず、火、木曜は630から練習ですが仕事が600過ぎまでなので道場までは妻が車で送っていきます。自分は7時少し前に道場に到着し、道着に着替えて練習に参加。立ち技、寝技乱取りに参加というか、胸を貸す形でやっています。妻は4歳の次女を連れて7時過ぎになったところで先に帰宅し、夕食の支度をするという感じです。自分と長女は830頃に帰宅し、夕食、風呂、就寝という感じです。土曜日は夕方530過ぎに自分と長女が道着に着替えてそのまま車で坂井武道館に行きます。練習は600から800まで800からは成年の部で近所の坂井中や丸岡中の中学生、主婦、一般社会人の方などが練習に来ていきなり乱取り稽古となります。それが910頃までで土曜日の練習は終了です。それから自分だけ帰宅し、自分だけ夕食を採り、風呂、就寝です。長女は8時前に妻が迎えに来て先に帰ります。自分だけ居残りして成人の部で汗を流して帰るというわけです。

 最初のうちは小学生の相手をするだけで体がえらいことになっていましたが、最近だんだん体も慣れてきて週一回土曜日に中学生を相手にするだけでは物足りないというか、打ち込み稽古を含めたちゃんとした練習がしたくなりました。小学生たちが乱取り以外に延々と行っている基本練習です。さすがに大人の自分は体格差がありすぎて打ち込み練習を小学生相手で行うことは無理です。しかし、打ち込みは技の確認練習なのでウオーミングアップを兼ねて一流選手から初心者まで欠かすことのできない練習なので10年以上のブランクのある自分としてはぜひやりたい稽古です。それができないということが最近の悩みでした。指導者たちに混じって道着を着て畳の上にいるからにはある程度しっかりした柔道を身に着けていないと周りにとって迷惑なだけですから。

というわけで一般成人でも基本練習からできる道場を探していたところ、福井県立武道館の武道学園という柔道教室を見つけました。少年柔道はもちろんですが成年の部も独立して行っており、ちゃんとした指導も受けられるというのです。これは行かない手はありません。ということで1016日からちょうど今年度後期が始まるのに合わせて受講登録を済ませてさっそく初回の練習に行ってまいりました。通常は水曜と金曜1930から2030が練習時間です。
いつの間にか自分がやる気になっていますが、せっかくだから弐段を取りたいという気持ちです。
はっきり言って柔道はスイミングなどの純然たるスポーツと違って生半可な覚悟でやると大怪我をします。特に大人になってからの柔道は危険です。肉体的消耗度も半端ではありません。つまりやる気もないのに人から強要されて仕方なくできる次元のものではないのです。

とまあこんな感じの近況です。「47歳からの柔道」シリーズは今後も続けたいと思います。次回柔道練習は10/18(火)が医師会の会合で参加できないので、10/19(水)夜の武道学園2回めです。どうなるかわかりませんがとりあえず行ってまいります。





2011年10月14日金曜日

通気処置とは

6. 耳管狭窄症、混合性難聴に対する耳管通気処置

耳は鼓膜の外側を外につながる外耳道、鼓膜の内側が骨で囲まれた中耳腔という広い空間であり、空気が入っています。正常な状態のときは外の外耳道と中の中耳腔は気圧のバランスが取れていて、耳が塞がった感じはしません。
外気圧と中耳腔圧を調節しているのは耳管という成人で約3.5㎝の細長い管で、鼻の奥の鼻咽腔というところに開口していて中耳と交通しています。通常は閉じていますが、つばを飲み込んだりあくびをしたりすると、一時的に開いて中耳の内と外の気圧のバランスを取っています。
風邪をひいたりすると、耳管開口部のある鼻咽腔にまで炎症が波及し、粘膜の腫れや鼻汁の増加により耳管の通りが悪くなり、つばを飲み込んだり、あくびをしても中耳に空気を送り込むことが出来なくなります。この状態が耳管狭窄症です。こうなると中耳腔の空気は粘膜からどんどん吸収され、陰圧になっていきます。ひどくなると組織液が浸み出してきて滲出性中耳炎という中耳に水が溜まった状態となります。また自分の声が患耳に強く響くことがありこれを自声強聴と言います。
滲出液が溜まったいわゆる滲出性中耳炎の状態です。
左が鼓膜が陥凹して滲出液が溜まった状態、ここまでひどいと鼓膜チューブ留置の適応となります。
耳管通気処置とは
a.耳管カテーテルを鼻の奥まで挿入
  する。
b.耳管咽頭口(開口部)にカテーテル
  の先を合わせる。
c.耳管咽頭口(開口部)にカテーテル
  がはまり、空気を耳管より中耳に
  送り込む。
以上のような処置であり、耳管粘膜の働きを整え、中耳腔に溜まった液体を抜くために行います。一度の処置で効果が数日続く人もいれば、一時的な効果のみの人まで個人差があります。いずれにせよ根気強い継続が重要です。